2010年01月24日

ぼくのかんそうぶん

★ ぼくもがっこうだいひょうになりました ★
ぼくはもうすぐおにいさんになります。りっぱなおにいさんになります!


わくわくしたうんどうかい         一ねん うすいこうすけ


十がつ十かに、しょうあんしょうで、うんどうかいがありました。
ぼくは、まわれまわれリズムにのってをおどりました。
れんしゅうのときぼくは、まわせないのでドキドキしました。
どんどんしたにおちていくけど、からだをまわしてふったらうまくできました。
ほんばんは、うまくできてよかったとおもいました。
みんなでつくる大なみのとき、ぼくは、「タイミングよくやるぞ。」とおもいました。
かたてまわしで、さいしょはできないとおもっていたけど、どんどんうまくなってきて、うんどうかいではたのしくうまくできました。
ごはんタイムのとき、おとうさんが、
「フラフープ、すごくじょうずになったね。」
とほめてくれました。ごはんをたべているとき、ぼくはこうおもいました。
「がんばったあとにたべるごはんておいしいんだな。」って。
おうえんのときは、のどがかれるまで大きなこえで「がんばれ!」
とおうえんしました。うちわがやぶけるくらいおうえんしました。
いすがたおれてしまいました。
おとうさんが、「いっぱいおうえんしたけど、まけちゃったね。」といってくれました。
まけてもたのしいからそんなことはきにしませんでした。


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(運動会の作文から)     

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2009年12月23日

ぼくの読書感想文

     ★ 杉並区小学校の部で学校代表になりました ★

       幼い時から沢山の本に出会ってきました。
   国語力はさすがです。いつもニコニコ笑顔の明るく元気な少年です。


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posted by TAKUTAKU at 14:59| 作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

元公文生そして今春公文の社員!

 ★ その学習の軌跡には公文生必然みな共感!がいっぱいです  ★


(はじめまして、こんにちは。以前お教室で、公文式学習経験者としてセミナーをさせて頂いた時の原稿を紹介させて頂きます。)

Q お名前を教えてください。
A ○○○○です。今日はどうぞよろしくお願いします。

Q 大学を出て公文の会社に入ったのですね。
A はい。今年の4月、入社しました。

Q 小学校は?中学は?高校は?
A 神奈川県川崎市にある、鷺沼小学校を卒業しました。中学受験をした後、和洋九段女子中学校・高等学校を卒業しました。

Q そうすると塾に行きつつ、公文も?ダブルスクールということ?
A はい。駿台の中学受験コースに通いつつ、公文も続けました。

Q その時の公文の進度は?
A 小4の時ですが、算数・数学はF教材で国語はDU教材でした。

Q 小学生でダブルスクールって大変だった?そうでもなかった?
A 今思えば、周りが遊んだり行く中学が決まっている中で、よくあれだけの習い事をしていたと思います。当時は公文、塾の他に水泳も習っていたので。平日の放課後は何かしら予定がありました。
ダブルスクールの大変さは体力もそうですが、『時間の使い方』にあると思います。私の場合、母や祖母が小2、小3まで『今日の公文はいつやる?』とか『土曜は午後出掛けるから、金曜の夜2日分頑張るか、土曜の午前中起きて公文やろうね。』と声を掛けてくれました。だんだんそれが自分でこなせるようになり、小4の時には自分で一日のスケジュールを組んでいました。
中学受験では、『国が指定する学校よりも、自分に合った学校があるはずだ。だからそこに行きたい!』と強く思うことが基本です。もし、『周りが受験塾に行っているから自分も行こっかなー。行けば頭が必ず良くなると思うし。』なんて考えで塾に行くのであれば、はっきり言って甘いです。塾に行って毎回予習・復習をし、模試で良い判定を受けて希望校に合格するのが受験です。もし予習・復習するのを面倒に思うのであれば、下手に通わない方が絶対良いと思います。   また、塾とダブルスクールするには、継続的な学習と自己管理の両方が大切です。

Q 受験直前でも公文に通ったの?
A さすがに小6の2学期からは模試も頻繁にあったので休会しましたが、中1の4月には『ただいまー』という感じでした。復会しました。

Q 中学入ってから部活に入った?
A はい。水泳部に入部しました。

Q 運動部だし、公文続けるの大変じゃなかった?
A 大変でした。特にダブルスクールの時と同様に時間が削られます。5時30分まで部活で、それから帰宅するので家に着くのは7時30分。また、公文に通う日は9時過ぎに帰宅、というように時間にも限りがありました。
一番大変だったのは、部活でヘトヘトになっていたことです。しかし、時間の使い方はダブルスクール時に多少慣れましたし、公文で先に進んでいた分学校の宿題は長くても15分程度で終わらせていました。先に学習しておけば余った時間を他のことに回せることがわかった私は、公文はおろそかに出来ないと思い60分必ず公文をやる時間を取りました。

Q 大学はどこですか?学部は?
A 東京農業大学 応用生物科学部です。発酵に関与する微生物について勉強しました。

Q それはどんな勉強ですか?カルピスとか?
A カルピスの中にいる乳酸菌もそうです。日本酒・ビール・ワイン・チーズ・ヨーグルトなどの発酵食品の作り方や作るのに必要な、微生物の生理・生態学を勉強しました。また、大学3年では日本酒・焼酎・ビール・ワイン・味噌・味醂を実際に作る実験がありました。

Q 卒論は?
A 私の卒論では、海に生息する新しい種類の乳酸菌(海洋乳酸菌と呼んでいます)をPCR法という遺伝子解析方法に基づく系統分類を行いました。今回の新型インフルエンザでもPCR法で、ウイルスの種類を確定していますがほとんど同じ作業だと思います。

Q 公文の会社に入るテストは難しかったですか?
A 難しかったです。作文、算数・数学の文章題がありました。

Q 大学のテストとどちらが難しかったですか?
A 大学の定期試験は計算問題や長い作文を書く問題がメインでした。公文のテストは文章題がメインでしたが、大学の試験に比べて私の将来がかかったテストでしたので緊張しました。そういった意味で、公文の入社テストの方がハードルは高かったです。試験内容での比較は出来ません。

Q 公文を学習したのは何歳からですか?
A 5歳からです。

Q なぜ公文をはじめたのですか?
A 家族がお教室へ連れていってくれました。私には特に、『行きたい!』という気持ちが無かったように思います。しかし、学習を続けていて楽しかったですし、一番嬉しかったのが『周りの友達が知らない勉強を私が出来る!』ということです。

Q いつまでやりましたか?
A 高1の終わりまで公文は続けました。
高1から大学受験の対策として、御茶ノ水の予備校に通いました。(学校が九段下にあったので近いところで)高1では、火曜:数学、金曜:英語を予備校で受けておりましたが、数学と英語に関しては自分でも勉強していたのでわざわざ高1から通わなくて良かったかなと思います。(予備校の授業料を出してくれた母親には申し訳ないですが・・・)それより、数学を最終教材O200まで終わらせて、数学VC(特に微分・積分)を解けるようにしておけばよかったと、今でも悔やんでいます。

Q 学習して嫌だったことは何ですか?
A 間違いがなかなか直らなかったときです。(B教材、C165以降、F教材)
先生にブーブー言ってました。『何で答え教えてくれないのー!?』とか言って、困らせていたかもしれません。
自分では幼児や小1・2の頃の記憶がはっきりしないので母に尋ねました。母は私が『嫌だ、HWやりたくない!』と言っても、『あらーこの前スーパーのお会計で計算してくれたとき、早くて感心したのにー。その時、公文でやったから!って言ってたじゃない。』と頑張りをうまく評価してくれました。私は褒められるのが大好きなので、この言葉はすごく響きました。
また、不満ばかり言っていてもプリントが進まず帰る時間が遅くなってしまうだけでしたので、『早くやらなきゃ!』と知らず知らずのうちに思うようになりました。プリントを解くのは自分しかいない、という気持ちが徐々に湧いて取り組むようになりました。

Q それでも嫌なことはあったのよね?
A B教材の筆算、C教材での下に途中式を書いてはいけない割り算、E・F教材の分数計算はミスの連続で、暗いトンネルが続いていたような思い出があります。

Q どう乗り越えたの?
A ただただ、繰り返し学習です。壁にぶち当たってはやさしい内容に戻り、宿題で訓練しました。そうして楽になったら、また壁にぶち当たりの繰り返しでした。

Q 粘り強かったのね
A 先生が躓いたときに的確にヒントをくれたり、『この問題が解けたんだから絶対出来るよ!先生待ってるからゆっくり落ち着いて解いてごらん。』と勇気付けてくださったのが本当に大きいです。私を見守って下さった、という安心感がありました。

Q 先生がいつも観察できるわけではないと思うけど、気付いて欲しい時に気づいてくれなかったことはある?
A もちろんです。今なら先生も人間だからいつもタイムリーに「ちょうどの学習」を見抜いてくれないこともありました。

Q 先生が気付かずに難しすぎるプリントをくれたり、優しすぎるプリントばかりでやる気がなくなったりしたことは?
A 優しすぎる、ということはありませんでした。難しすぎるプリントは何回かあり、教室でもらった分はやりきりました。しかし、先生が『今日やったところ、宿題に出しても平気?』と聞いた時にはすかさず、『家だと出来なさそうだから、次の教室日でやりたい。』と伝えました。

Q お母さんや指導者に「こうしてくれたらやりやすかったなぁ」と思うことはありますか?
A 【母】小学校5年まで自分の部屋が無かったので、勉強はリビングでやっておりました。テレビの音、話し声(特にお客様が来た時)が気になりました。お母様方には、お子様が公文の宿題に取り組まれているときにはテレビの音を小さくしたり、学習の様子を見守って下さると、お子様が学習に集中することが出来、お子様の成長も見ることが出来ると思います。
【指導者】座学でしたので、イスが良かったです。あと、絵画教室と同じ会場でしたので壁が汚かったり絵を描く道具が目に付くところにあるのが気になりました。学習の場は清潔かつ安全であることが大切だと思います。

Q 何教材までやりましたか? それは何年生でしたか?
A 
算数・数学:L(3次関数の増減表)
国語:ET(小学校5年はじめで。当時中学受験の塾にも行っており、国語の成績が良かったので公文の国語はやめました。物語の大体の流れを把握する力が付いていました。また、キーワードをさらって物事を把握する練習にもなり、国語の問題を解くだけでなく大学の講義をメモする際にも役立ちました。)

Q 周りは小さい子が多いと思うのですが、公文は小さい子だけがやるものと言う感じはしましたか?
A 公文をやっていた当時は、まったく感じませんでした。周りでは、小さい子が学習していましたが自分のプリントに向き合うと集中して自分の世界にはまっていました。

Q どんな時に、やってて良かったと思いましたか?
A 一番初めに感じたのは、中学1年の1学期期末試験です。
当時、公文でとっくに正負の数は終了していたので、数学はほとんどテスト勉強をしませんでした(笑)最後の正負の数の文章題だけわからなかったのですが、教材で数字だけ変えたものを学習していたので手が覚えていました。そのテストでは97点/100点取ることが出来ました。でも、定期テストではきちんとテスト勉強をした方が良いです。していれば100点を取れたかもしれません。中学3年間は数学においては、90点以上が当たり前でした。中1でI教材くらいでしたから数学のテスト対策は短い時間で行い、余った時間は理科社会などの他科目に回すことが出来ました。

Q 大学受験前に模擬テストは受けたよね?
A はい。模擬テストは試験範囲が習った箇所すべて、という指定なので勉強の仕方に戸惑いました。しかし、高校でLまでやっていたので、模試のようなテストでも良い点を取ることが出来ました。

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posted by TAKUTAKU at 23:18| 投稿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月10日

お誕生おめでとうございます!

★ 愛情と共育と信頼に培われ未来へ羽ばたく 輝く命 の誕生です ★


1,2,3の日、1月23日に第二子が生まれました。
第一子の時には、立会い出産をしましたが、今回は妻の希望もあって、
生まれてから駆けつけることにしていました。

最初は、『痛い、痛い〜』という妻の声を聞かないで済むので気持ち的に楽かな?
と思っていたのですが、ところが入院して陣痛が始まってから不安で仕方がありません。
時々メールはくれるのですが、文字だけなので一向に様子が分かりません。
とにかく思っていたのは、母子ともに無事に出産を終えて欲しいと言うことでした。

でも、そんな不安の最中、実は公文の社員でよかったと思ったことが一つあります。
それは、いわゆるハンディキャップというものを背負って子どもが生まれてきても
働きかけによって、”その子なりの成長”をすることが確実にできるという安心感が
あったことです。

公文の教室には、少し勉強が苦手だったり、体を動かすのが苦手な子もいます。
でも、彼らは着実に公文のプリントに取り組み、成長して行きます。
「人はそれぞれ強みや弱点があるけれど、その人なりに成長できる」 そのことを
この会社に入って強く思うようになりました。

これから、2人の子どもがどのように成長していくか分かりませんが
一番大切なのはその子の「ちょうど」を見極めて、成長を見守ってあげることだと
気持ちを新たにしました。


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2008年09月17日

好きこそ物の上手なれ

           ★ <好きになる>ことこそ楽しい人生 ★
     素敵な英語力のTOMOKOさん、育ててきた五感総出演の今の毎日、とっても楽しそうです。


入社5年目になりました。

わたくし、最近、小学生以来全くやっていなかったピアノを、久々に習い始め4ヶ月ほど経ちました。
全く歯が立たなかった曲が、練習を続けることで少しずつ弾けるようになり、少しずつですが上手になっていることを自分で感じられるようになることは、かなり快感です。

ピアノを弾くのが楽しくなると、音楽を聴くのも以前以上に好きになり、また聞く曲のバラエティも広がりました。
今まで敬遠していたピアノやクラシックも、自分もこんなふうに弾けるようになりたいな・・・。と思いながら、楽しく聞いている自分がいます。

ひとつ好きなことができると、そこに加わって好きなものが増えていきます。
たとえば・・・旅行が好きで、行った場所の写真を撮っていたら、写真を撮ることそのものが好きになったり・・・。
ディズニーランドのパレード好きから、劇団四季などのミュージカルが好きになり、生の舞台を見に行くことが趣味になったり、そこから同じ趣味のお友達が増えたり・・・。

好きなことは、どんどん好きなことを増やしてくれて、生活を楽しくしてくれます。
これからも、好きなもの・好きなことをたくさん増やしていきたいです

                           piano
posted by TAKUTAKU at 11:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

若き血潮高き誉れ熱中時代

   
     年の初めに描く「夢」。 夢は逃げません。 まだまだOK。 立て直しOK!
         ★  熱中夢中にある希望  純真若さ情熱にある未来  ★


 日本公文教育研究会・新宿事務局の牧野と申します。
杉並区を担当しています。私は公文の教室に行く機会が多いです。
教室や小学校付近で歩きながら本を読んでいる姿を見かけるときがあります。
もちろん、車や自転車に気をつけないといけないのですが、心の中では「熱中できていいな!」と応援してます。

 私も本を読むのは大好きです。
今年の話題の本でしたが、「一瞬の風になれ」(講談社)佐藤多佳子著が特におもしろかったです。
私自身が陸上を10年続けてきたからよりこの本への想いが強いのかもしれません。
教室への往復、通勤途中に何度も乗り過ごしてしましました。
あまりに当時の自分の気持ちを重なり、涙も何度も出ました。

リレーのおもしろさと大変さ、プレッシャーや気負い、アスリートの気持ちが綴られています。
私は主人公のように速くはありませんでした。400メートルを専門にしていましたが、それでも一度だけ100メートルで風に乗った感覚を味わったことがあります。ものすごく身体が軽いのです。
いつも力んで重い身体でもがいているのに、その日のそのレースだけはフワーと進むんです。エッという感じ。ただし、スピードが出すぎてしまい私の筋肉が耐えられなくなり、ピシッと電気が走りました。
そこでスピードダウン。この感覚は30メートルぐらいだったのでしょう。
風に乗ったのは時間にすると3秒程度。今でもあの感覚は忘れていません。

時間を忘れて没頭する本との出会いは貴重な体験です。
夢中になれる経験を子どもたちにも味わってほしいと願っています。

posted by TAKUTAKU at 10:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

上から読んでも「公文公」、下から読んでも「公文公」


      ★今回は公文教育研究会にお勤めのSさんに投稿をお願いしました★


くもんの会社に勤めて早いもので16年。

くもんに入社したきっかけは、就職活動中に大学の掲示板に張ってあった「求人票」がふと目に止まったからなのですが、その時に「公文」という文字が、バーンと目に飛び込んできたのです。

今は一人暮らしの私ですが、小さい頃、私の枕元の本棚に「公文公」という珍しい名前の人が書いた本が何冊かあり、「こうぶんこう」って誰だろう、「山本山」の海苔みたいだ、と不思議に思っていたのでした。

そう、公文式の創設者。公文 公(くもん とおる)氏の本だったのです。母は公文氏の熱心なファンだったようです。就職活動にあたり、実家から早速その本を送ってもらい読んだところ、「悪いのは子どもではない」「できることをほめて伸ばす」「可能性の追求」「ちょうどの学習」などなど、すっかり虜になってしまい、今に至っています。

今や45カ国で408万人が学習する、世界のKUMONとなりました。

「可能性の追求」は世界共通なのですね。


posted by TAKUTAKU at 10:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月03日

パレード!

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彼女は5年半、パレードのトップダンサーでした。今、さらなる目標をもってアメリカに向かいます。
希望を打ち砕くような厳しい試練が待っているかもしれません。でも彼女は負けない。
自分を信じ努力を信じ、夢の実現のためにたくましく前進していきます!
<写真はクリックすると大きくなります>
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2006年12月16日

宇宙へ!

「宇宙連詩」をごぞんじですか?
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、宇宙に流れる生命の(いのち)のメッセージを連詩で紡ぎ、
国際宇宙ステーションに保管しましょう、とインターネット上で編纂しています。
今年10月から来年の3月までの半年間をかけて毎週1詩を選び、全24詩で編纂された連詩は、
2007年12月頃に大宇宙へと旅立ちます。
その11詩に西荻窪駅前教室の小学校4年生「源関 遙ちゃんの詩」が選ばれました。

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著名人の詩に追随して参加している遙ちゃんの活躍をぜひぜひご覧ください。

  http://iss.sfo.jaxa.jp/utiliz/renshi/index.html

TOP画面右にギャラリ−入口があります。
優美な神秘的な大宇宙を舞台にその連詩がゆるやかに流れます。
posted by TAKUTAKU at 09:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

うた二百よみきかせ一万かしこい子

数日前に、人間の乳幼児期における発達について、多くの聴講者に大きな感動を与えた素晴らしい講座を聞きました。

人の感覚能力、特に視覚に係わる能力は6か月頃が最も高く、6か月児は猿の顔の区別まで出来るそうです。周囲の人間の表情のわずかな変化を感知し、あやし方、語りかけ方などから表情と精神状態の関係を認知する能力を獲得し、そして、人生の基盤に関係する能の部分は、6か月頃までの養育環境に大きく影響を受けながら、2〜3歳頃までに完成していく、と。

与えられる心地よい豊かな感情は、知能発達へ大きく影響を及ぼし、その感情表出が自由にできるような乳幼児は、好奇心や遊びにより人間の基本的動作の多くを学習し、そしてさらに、自主性により高度な行動を獲得していくと。
養育環境が整っていなかったら、母子の基本的信頼関係も形成できず、豊かな感情も獲得できず、語りかけ不足により、言葉が出ない子になってしまうこともありえると。等など。

医学の専門分野から、次々と展開される素晴らしい沢山の教えに、勿体なくも自分が間に合わず追いつかず、それでも、先生の母子のあり方への深い愛と強い信念と真剣なお話と素敵なユーモアに魅了された一日でした。

赤ちゃんと母親は共にかけがえのない存在としてふれあい、信頼関係を築き愛で結ばれた幸せな楽しい育児期間であってほしいと願います。強く賢くたくましく大らかな子に成長していきますように。
その子の将来のために今できることを、できるだけのことをしてあげてほしいと願います。
で、何を?どのように? 

「生まれたらただちに歌を聞かせましょう」
「うた二百よみきかせ一万(回)かしこい子」

公文式創始者公文 公元会長が20年以上も前に提唱しました。
この言葉にこそ、乳幼児教育の神髄が込められているのに
ただ壁に貼るだけの知っているだけの標語でした。

公文にはその手立てがこんなにいっぱいあるのに、何故もっとしっかり積極的に学んで活用してこなかったのか、自分の意識の低さ、怠慢さに恥じ入ります。
地域の教室として申し訳なく、改めて学習しなおし、子育ての大切さをしっかり伝えていきたい、子育てを応援していきたい、と思いました。

まずその一歩、確信。

公文ならきっと役立ちます。みんな必ず賢い子になります。
一生を左右しかねない0歳から3歳までの乳幼児期がいっぱいいっぱい楽しく幸せでありますように。


posted by TAKUTAKU at 01:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする